カテゴリ:日常( 137 )

Taking care of another life

先週、実に久しぶりに、学生時代の親友と話した。
彼はもう何年も前からカリフォルニアの大学で教えているが、今年初めにお母様が亡くなって以来、いまだに夢の中をさまよっているようで、大変辛いのだと語った。

彼は私と同い年だが、いまだ独身で、数年前に父上も亡くしており、兄弟とも疎遠なので、その辛さは想像に難くない。友人の数は、私など比べ物にならないくらい多いし、恋人がいない時期もほとんどないと思うのだが、いつも孤独に苛まれているように見える彼。

学生時代、彼とは寮で隣の部屋で、毎晩のように巨大なマグカップの淵までめいっぱい紅茶を入れて、ありとあらゆるテーマについて話し込んだものだ。彼は私を"soul mate"と呼び、二人とも大の猫好きだったので、壁に猫用の出入り口を作って、共同で猫を飼おうと冗談を言ったこともあった。

私が知る誰よりも思慮深く、真の「オープンマインド」を持つ彼は、当時から「子供はいらない」と断言していた。子供が嫌いだからではなく、このような世界に新たな命を生むことが忍びないという理由だった。そして子供を作らないことを前提に、長期的なパートナーシップを築ける女性を見つけるのがいかに難しいかと嘆いていた。(彼が親しくなった女性のほとんどは、最終的に子供を生むことを望んでいたらしい。)

母上を亡くした今、彼があまりに辛そうなので、猫を飼ってみてはどうかと提案したら、「とても他の命の面倒を見ることなどできない」と答えた。

この台詞("I can't take care of another life")、他の友人からも聞いたことがあるが、その度に私の心はざわつく。
その気持ちには深く共感できる一方で、「他の命の面倒を見なくて、生きられるのか?」と思うからだ。

親友ほど、感受性が強く、繊細な人間を他に知らない。
彼は人の痛みに深く共感する能力があり、それゆえに「子供はいらない」とも思うのだろう。
自分が生きるのだってやっとなのに、面倒を見なければならない命があったら、どれほど負担だろうと思う気持ちは、十分理解できる。喜びも大きいかもしれないが、苦しみも倍増するし(愛する存在が苦しめば、自分はもっと苦しむ)、責任の重さに圧倒されるのは分かる。
彼ほど優しい人を、どこか近寄りがたく感じるのは、猫や子供だけでなく、誰のことも、「面倒を見られない」と、しんどいことも、汚いこともひっくるめて愛することを避けているからではないかと思う。

でも人は、他者との関係によってしか生きることができない。
愛することによってしか、孤独を脱することはできない。
愛には当然苦しみも付随するが、それはどうしても切り離せないものなので、セットで抱え込むしかない。
「他の命の面倒を見ること」は、「自分の面倒を見ること」に他ならない。
面倒を見る相手がいない人生は、どれほど崇高な目標に向かって努力をしても、最終的には満たされることがないように思う。

前にも書いたと思うが、「孤独でない」ということは、大層面倒で、苦しいことなのだ。
でも、誰の面倒も見ないことより、苦しいことはない。
誰かの苦しみも引き受けることによってしか、人は生きられないのだと思う。

「今、あの頃のような友達は周りにいるか?」と尋ねられ、「いない」と答えた。
学生時代は、人種・国籍・性別・年齢など一切関係なく、何についてでも語り合える友がいた。
彼は今でも学者や若い学生たちに囲まれているのに、やはり昔のような友はいないと言った。
「あの頃は、'ideas'について話し合えたね」と懐かしむ彼と、またマグカップになみなみと紅茶を入れて、語り合える晩がきたら、私は上に書いたようなことを話してみたいのだ。
彼が心から幸せになれることを、いつも願っている。



People,
People who need people
Are the luckiest people in the world
We're children needing other children
And yet letting our grown-up pride
Hide all the need inside
Acting more like children than children
Lovers
Are very special people
They're the luckiest people in the world
With one person,
One very special person
A feeling deep in your soul
Says you are half now you're whole
No more hunger and thirst
But first be a person who needs people
People, people who need people
Are the luckiest people in the world.
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by oktak | 2012-11-28 02:17 | 日常

Midcentury Modern

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昨晩、私が作ったtreasuryがEtsyのトップページに掲載されました。
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by oktak | 2012-11-20 01:55 | 日常

ティーネージャーの母

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今日は息子の誕生日。13歳になった。
背が小さく、天真爛漫なままなので、とてもティーネージャーとは思えない。
でも、確実に彼が生まれた日から13年たったのだ。

赤ん坊の頃は、身体のどこかが悪いのではないかと疑うほど泣いてばかりで(しかも声が尋常でないほどデカかった)ノイローゼになりそうだったし、幼児になったら、秋から春までは風邪をひきっぱなし、さらに小学校低学年までは、学校でもトラブルが多かった。子育て道とは、かくも険しいものかと愕然とした。

今でも、脳の一部が欠如しているとしか思えないボケっぷりを日常的に披露しているが、友達は山ほどいるし、学校は大好きでたまらないし、毎日機嫌がよく、笑ってばかりなので、自然にこちらも笑顔になってしまう。

赤ちゃんから子供へ、子供から青年へと成長していく様子を「寂しい」と感じる母も世の中には多いようだが、私は全然寂しくない。彼の成長が心から嬉しく、これからさらにどんな風に変わっていくのかが、楽しみだ。今ではどんな映画でも一緒に見に行けるし、どんな話もできる、私にとっては最高の友達の一人でもある。

これまでの道のりを振り返ると、なつかしい気持ちでいっぱいになる。
大変だったことも、何ひとつ変えたくないし、悔いもない。
これからも山あり谷あり、がっくりくる日もあれば、嬉しくて舞い上がる日もあるだろう。
いつか巣立って行く日まで、母親業、満喫させていただきます。



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あまり美術には興味がないと思っていた息子だが、折り紙が大好き。
誕生プレゼントには、この本をリクエスト。
いつか自分のオリジナル折り紙を生み出したいそうだ。

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by oktak | 2012-11-17 08:41 | 日常

Nov 10th

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私が作ったトレジャリーがEtsyのトップページに掲載されました。


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今日も朝からマンハッタンを東奔西走。
まずGramercyにあるシナゴーグに息子を連れていく。今年は息子の学年はみんな13才になるので、ユダヤ人の成人式であるBar Mitzvah(男の子)やBat Mitzvah(女の子)に数多く招かれている。
ニューヨークには、ユダヤ人が本当に多い。
普通、朝シナゴーグで式がおこなわれ、夕方から夜にかけて別の会場で大規模なパーティーがある。
先週末開催される予定だったお友達のBar Mitzvahが、ハリケーンの影響で延期されて今日になったため、元から今日呼ばれていたお祝いもあり、2人の式とパーティーに連れて行くことになってしまった。

真冬でも、長いズボンだとサッカーができないからと、一昔前の日本の少年のように毎日短パンで登校する彼にスーツを着せ、黒い革靴を履かせる。馬子にも衣装とはこのこと。

式はだいたい2時間なので、その間に私は来週末に迫ったクラフトフェアのディスプレイ用の品々を買いに走る。フェアの開催時間は夕方6時までとなっているが、最近4時半くらいには暗くなるので、クリスマス用のライトなどを買ってみた。時間が余ったので、普段は見ることのないブティックや雑貨屋さんを覗き、お昼は息子を連れてユニオン・スクエア近くのアジア系麺専門店へ。

次に、別のお友達のパーティーがある、Times Squareへ。観光客でごった返すこの地区は、可能な限り近づかないのだが、仕方ない。2時から6時までのパーティーなので、息子を置いて、いったん帰宅する。

今度はパーティーが終了する6時に息子を迎えにいき、最初のお友達のパーティーがある、ミッドタウンのホテルに連れていく。今度のパーティーは7時から12時まで。真夜中に迎えに行くのは、夫の仕事。

一方夫は、午前中娘をバレエに連れていった。大人が二人いないと、子供二人の世話ができないという、マンハッタンの暮らし。週末は子供の送迎に追われて、独身の友達に呆れられている。

明日は息子のサッカーの試合がウェストサイドで8:45amから。これは夫の仕事。ほっ。
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by oktak | 2012-11-11 08:01 | 日常

Nov 9th

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私が作ったトレジャリーがEtsyのトップページに掲載されました。
Thanksgivingのテーブルセッティングをイメージ。

早くも金曜日。
中年になると、どうしてこうも時間が過ぎるのが早いのか。
今週は火曜日に大統領選挙があり、月・火は子供たちが家にいたせいもあって、特別早かった。

祝・オバマ再選。4年前のような興奮・高揚感はないが、とりあえずほっとした。
個人的には、共和党の政策(or lack of)は、どうやったら支持できるのか不明。
投票パターンの分析は、実に面白い。
(「類友」と言うが、私たちの周りに、共和党支持者は皆無。しかし、本来マンハッタンの東側は共和党支持者が多く、西側は民主党支持者が多いそうだ。私たちが住むアッパーイーストには、共和党への献金額全米トップ10に入る3地区(zipcodeで分類)がある。ちなみに、民主党への献金額トップ10地区のうち3地区はアッパーウェストにある。本来、ウェストサイドの方が我が家の雰囲気には合っているのかも。ソースはこちら。)
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by oktak | 2012-11-09 22:50 | 日常

The aftermath of Sandy

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私が作ったトレジャリーがEtsyのトップページに掲載されました。

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先週末に米国東海岸を襲った巨大ハリケーン、サンディは、日曜夜から月曜にかけて、NYCに大規模な被害をもたらした。幸い我が家は停電も洪水もなく、ビルの周りに組まれていた足場が半分吹き飛んだだけで済んだが、ダウンタウンは洪水と停電で、麻痺状態に。

交通機関が完全にストップしてしまったので、今週いっぱい市内の学校はすべて休校、仕事も休みの人が多く、木曜日の今日も、街には暇そうに歩く人が溢れていた。(息子の学校は浸水し、今も停電している。)
先週末に買いためた食料もいよいよ底を尽きそうになったので、スーパーに出かけたが、生鮮食品の新たな入荷がまだないのだろう、野菜の棚はスカスカ、牛乳もほとんど売り切れだった。

このようなハリケーンがNYCを直撃するようになったのは、やはり気候変動が原因なのだろうか。
NYCはつくづく、災害に弱い街だと思った。

まだ異常事態が続く中、4日には予定通り、NYマラソンを開催するという。
夫は昨年に引き続き今年も走る予定だが、迷っている。
こんな状況の中で走るよりも、街の清掃ボランティアをして過ごすべきかと考えている模様。
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by oktak | 2012-11-02 12:16 | 日常

夏の小旅行

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6月末、NY市立の学校も夏休みに入り、先週はメリーランド州ボルチモアに小旅行してきた。
DCには度々出かけており、その度にボルチモアは通過していたのだが、立ち寄ったのは今回が初めて。
全米屈指の水族館があるということと、蟹をはじめとするシーフードがとにかくうまいということ、そして「貝オタク」の我が家の子供たちが満足しそうな、「全米で貝を拾うのに最適なビーチ・トップ10」入りしている、Flag Pond Nature Parkが近いということで、行き先を決定。

東海岸は猛暑の真っ盛りで、連日40度だったが、自然を満喫してきた。
チェサピーク湾は、ニューヨークやニュージャージーの海と異なり、波がまったくなく、水温が高く、海草、クラゲ、蟹、小魚などがそこら中にいてびっくり。海というより、湖や沼といった雰囲気。
あまりにも有機物が多くて、とても泳げる状態ではなかった。ちょっと海に入った娘が、クラゲに刺されてしまうというハプニングも。

Flag Ponds Nature Parkは、なるほど、化石化した貝が絨毯のように海岸を覆っていて、もう少し涼しかったら、時間をかけて楽しみたかった。出かけた日は暑すぎて、熱中症になりそうだったため、30分ほどで退散。

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ボルチモアの国立水族館は、確かに立派なもので、見ごたえがあった。
でも個人的には、カリフォルニア州モントレーの水族館の方が好きだったな。

楽しみにしていたシーフードは、ボルチモアの中心街から少し離れたMama's on the Half Shellで。
中心街のレストランが、いかにも観光客向けでつまらなそうだったので、こちらを選択して大正解。(どこの町でも、観光客がたくさんいるエリアの店は、必然的に高くてまずい。)
イギリスのパブを彷彿させる狭い店は、早い時間から満席、バーの周りにも人が鈴なりで、大繁盛。
出てくる料理はすべておいしく、ついつい欲張って頼みすぎ、食べすぎ、楽しく食事した後に、ひどい腹痛に襲われた。(苦笑)


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短い滞在だったが、普段高層ビル群に囲まれて暮らしているので、全員よい気分転換になった。
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by oktak | 2012-07-10 00:44 | 日常

両親、帰る。

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今朝、両親が帰国した。
ほぼ2週間の滞在だったが、たいしたことは何もしてあげられないまま、慌しく過ぎてしまった。

二人ともいつの間にか高齢になり、健脚自慢だった彼らも、以前のようには歩けなくなった。
あそこも、ここも案内したいと思っていたが、私にとってはなんでもない距離が、二人にとっては長い距離になり、結局、お気に入りのレストランに連れていくくらいしかできなかったのが、少し残念。
でも、どんな料理でもおいしそうに食べてくれる姿は相変わらずで、ほのぼの。

母は、娘がこんな年になっても、お店に入れば、必ず何かしら買ってくれた。
そして、私が食料品の買出しをすれば、「重くてかわいそう」と、下から買い物袋を持ち上げる。(笑)
親とは、かくもありがたきもの。

もう少し、ふるさとが近かったらいいのに。
たまに会うと、そう思わずにはいられない。


(写真は先週の金曜日、Union Squareのマーケットで撮影。)
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by oktak | 2012-04-24 07:41 | 日常

ああ、勘違い

息子は、ヴィクトル・ユーゴの「ああ無情」を、"Arm Joe"だと思っていた。
(もちろん、原題の"Les Miserables"は知っている。)

こんなやつは、うちにしかいないと思っていたら、本日、Twitterで同じことを書いている方を発見。
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by oktak | 2012-03-29 05:59 | 日常

ある日の会話、続き

9月に、娘とこんな会話があった。

数日前、娘がそのときの会話を思い出して、こんなことを言った。
「今日私が描いた絵を、先生がEくんに見せたのね。そうしたらEくんが、『すごい!上手!』って大喜びしてくれたんだよ。Eくんはね、誰の絵を見ても、『すごい!』って必ず言うんだよ。他の子は、『ふーん』としか言わないこともあるけど。いつかお母さんに、Eくんは他の子にできないことがきっとできるんだよって言ったでしょ?それはね、これなんだよ。」

なんだか感動した。
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by oktak | 2011-12-22 08:11 | 日常