カテゴリ:日常( 136 )

カリキュラム・ナイト。「できなくてもいい」ではなく、"Just do it"

新学年度が始まって、2週間たった。
今週は、毎年恒例の「カリキュラム・ナイト」があった。
カリキュラム・ナイトとは、文字通り、担任の先生が親に、この1年のカリキュラムについて説明するための集まりで、平日夜におこなわれる。

娘は9月から5年生。NY市では、小学校最高学年だ。夏の終わりに10才になったばかりなのに、もう小学校最終学年というのは、早いような気がするが、とにかく、この秋は中学校巡りで忙しくなりそうだ。

娘の先生の説明を聞いていて、気になったことがある。どの教科についても、"I don't expect the kids to do well, it's ok to struggle" (子供たちが上手にできるとは思っていない、分からなくて苦しむのは当たり前)というメッセージを送り続けていたことだ。

子供二人を育ててきて、共通して思うのは、いつからアメリカの学校は、これほど子供に甘くなったのだろう?「よく分からなくてもいい、失敗してもいい」というのは、ポジティブに聞こえるかもしれないが、子供への期待値が低くなったことは、決して良いとは思えない。子供はむしろ、期待された方が生き生きすると思うのだ。
お陰で、どの子の作文を見ても、字は汚いし、スペリング・ミスは多いし、基本的な計算ができない子が心配になるほど多い。雑な仕事しかしない子が増えていると思うのは、気のせいだろうか?

遅れを取ってしまった子へのサポートはもちろん必要だが、なにも全体のスタンダードを下げる必要はあるまい。それなのに、最近は、厳しい評価をして、少しでも子供が傷つくのを恐れているかのように、教師も親も甘い。

昔、日本の学校では、成績を名前つきで張り出されたことがあったと記憶しているが(さすがに今はないのだろうか?)、アメリカでも、5-6人ずつ教室の前に立たされ、掛け算の速さを競わされたことや、全員が参加しなければならない、勝ち抜きのスペリング・コンテストがあったことを覚えている。苦手な子は、さぞかし嫌だったろうと思う。でも今は、少しでも子供の自尊心を傷つけてはいけないと、競争はご法度だし、「できなくても大丈夫」というメッセージが与えられ続けている。

その結果、子供はできなくても安心していられる。その代わり、進歩が少ない。
子供は、できないと楽しくないから、放っておくと努力もしない。
子供に期待しない、できなくても叱らない、というのは大人が楽だからではないか。

でも、子供に期待しないのは、彼らに失礼だと思う。
大人は、大変でも、彼らに努力を求めないと。
かくいう自分も、毎朝放り出したくなるのを我慢して、娘に日本語を教えている。娘のお尻よりも、自分のお尻を叩きながら。

Nikeのキャッチコピー、噛めば噛むほど味が出て、好きなのだ。JUST DO IT.

 
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by oktak | 2014-09-20 03:35 | 日常

残念なこと

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娘がかかとを痛めて、毎年恒例のバレエの公演に出演できなくなってしまった。

最低でも週4回、多いときは5回レッスンに通い、その上リハーサルにも参加して頑張ってきただけに、落胆が大きい。ドレスリハーサルで、嬉しそうに衣装を身にまとった仲間たちの写真を見た昨日は、特に胸が詰まったが、これも大切な経験なのかも。

人生、自分ではどうしようもない理由で、欲しいものが手に入らなかったり、物事が思い通りに運ばないことは多々ある。かわいそうだが、がっかりすることも、成長の糧。

問題は、娘よりも、私が落ち込んでいること。 (私が成長しなきゃ・・ 笑)

週末は、仲間を応援にいく予定。
New Yorkerにも取り上げられたが、ここのバレエスクールの公演は、なかなか見ごたえがある。

(写真は、劇場に届いた衣装。Ballet Academy EastのFacebookページより。)
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by oktak | 2014-05-16 05:06 | 日常

恩と義理

 息子に、小学校の漢字の復習をさせている。
 昨日、漢字の問題に「鶴のおん返し」というのがあったが、「『おん』って何?」と言う。
 知らない日本語が出てきたときには、該当する英語を言えばもちろんすぐに理解するのだが、恩って・・・恩って・・・ indebtedness? sense of owing gratitude? 辞書を引いても、これという訳語はなし。なんと、該当する英単語がないのだ。

 日本では幼稚園児でも知っている「恩」という言葉に、対応する英語がないという事実にしばし愕然としたが、その後妙に納得した。言葉がないということは、その概念が社会に存在しないか、きわめて希薄だということ。

 思えば、「義理」という言葉も、英語にはない。
 意味を正確に伝えるためには、やたらに回りくどい説明が必要で、息子はちゃんと理解したのかどうか。

 他にも「遠慮」とか「控えめ」にぴったり合う英語も思いつかないし、「義理チョコ」とか、「サービス残業」に至っては、日本文化講座が必要かも。
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by oktak | 2014-04-20 21:37 | 日常

サクラサク

 8年生(14才)の息子が、第一希望の高校に合格した。
 6月に、小学校2年生から7年間世話になった学校に別れを告げ、9月から高校に通う。(米国の高校は4年制のため、日本の中学3年生に当たる年から高校生。)
 小学5年生くらいにしか見えない息子が、もう高校生だなんて嘘のよう。

 サッカー部の入部テストには何度も落ちて挫折を経験している彼だが、高校入試は初めての学力試し。
 塾にも通わず、家庭教師もつけず、ただ問題集を与えて、分からないところを親が見てやっただけだが、本領を発揮できて、よかった。

 頑張れ科学者の卵! 
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by oktak | 2014-03-11 22:32 | 日常

汗と涙のバレエ

 ファンドレージングの季節が巡ってくると、娘のバレエスクールでは、5月の公演に向けてのリハーサルが始まる。昨晩はリハーサル初日。

 昨年までは、同じクラスの子供たちは全員同じ振り付けで、立ち居地の良し悪しはあっても、基本的に皆平等。今年は、もっと複雑な動きができるようになり、「フィーチャー」される子供と、「その他」という区別が生じる。もちろん、もっと上のレベルになれば、完全にソロイストとコール・ド・バレエ(群舞要員)に分かれて、傑出した才能のある子がスターになっていく。

 娘は間違いなくコール部員なので、リハーサルの前に、そっと心の準備をさせておいた。「今年からソロを踊る子と踊らない子がいると思うけど、フィーチャーされなくてもがっかりしないでね」と。娘は「わかってる、わかってる」といわんばかりに頷いていた。彼女は文句ひとつ言わず週4-5回バレエに通ってはいるものの、「将来バレリーナになりたい」とは露ほども思っておらず、「建築家か小説家か弁護士になりたい」と言い放っている。そのため、バレエに対する姿勢も実にさっぱりしたもので、課されたノルマはきちんとこなすが、それ以上のことをする気はまったくなく、その結果バレエスクールで落ちこぼれたとしたら、それはそれで結構、と考えている。そのため、案の定、今年の公演ではソロのパートはないようだが、一応コールの中では最前列で、十分満足している模様。

 真剣なバレエスクールなので、9~10才の娘のクラスでも、プロを目指している子はまったく違う。既に学校に通わずに、いわゆる「ホームスクール」をしている子もいる。可能な限りバレエのレッスンを受け、プロのバレエやオペラの子役のオーディションを受け、リハーサルに通うのは、通常の学校生活を送っていてはほぼ不可能だからだ。長い夏休みには、さまざまなバレエスクールで、朝から晩までバレエ漬けの生活を送るらしい。

 そこまでではなくとも、この段階でレッスンを受け続けている子の中では、娘のように熱意のない子は珍しい(笑)。週4-5日、短いときでも1時間半、長いときは3時間もレッスンを受けるという生活は、子にとっても親にとっても楽ではない。宿題だってあるし、学校のお友達とも遊びたいし、他にやりたいこともあるのだが、雪が降っても雷が鳴ってもレッスンに通い、休んだときには必ず別の日に「メークアップ」をしなければならないポリシーなので、バレエは物理的にも精神的にも、生活の大きな部分を占める。

 こんな状態なので、昨晩のリハーサルで、端役しかもらえなかった子の中には、大ショックを受けて、帰宅してから大泣きした子もいたらしい。そのうちの一人のお母さんから、今朝電話があった。「お宅の娘さんは大丈夫だった?」と。子も涙なら、親も涙で、「これだけ頑張っているのに、才能のある子だけが中心でソロを踊り、その他は後で踊るだけ、しかも両端は観客からほとんど見えないと先生が言ったそうだ」と嘆く。さらに、スクール側は、レッスンを何度も休んで、穴埋めをしない生徒は公演には出さないと厳しいことを言いつつ、才能のある子は休みがちでもソロイストの座を得ているという矛盾に、憤慨。

 確かに。規則の実施には必ずしも一貫性がないようだし、もし本当に先生が「端で踊っている子は観客から見えない」と言ったのだとしたら、そんなことを言う意図は理解しかねるので、問いただすべきと思う。でも、「頑張っていても手に入らない」ことは人生多々あるので、その部分に文句を言っても、資するところはあるのだろうか、と思う。以前こんなことも書いたが、こんなに小さいうちから「あんたは下手だから主役にはなれないの」と言われるのは厳しいけれど、そこでどんな決断をするにせよ、結構よい人生勉強になる気もする。「才能ないんだったら、他にもっと好きなことを見つけよう」と辞めるのもよし、「こんちきしょう」と悔しさをバネに続けて上手くなるのもよし、「下手で結構、でもやれるところまでやらせていただきます」と開き直るのもよし。人間は、不愉快な状況にあって初めて成長できるのだ。

 娘もあとどれだけ続けられるか分からないが、とりあえず本人が根を上げるか、気が済むまで、と思っている。それも、いつの間にか娘が成長し、本人の決断を尊重できると思えるようになったということ。汗と涙のバレエの日々。将来バレエから離れてしまっても、振り返れば意味があったと思えるような気がする。
 

 
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by oktak | 2014-03-08 01:50 | 日常

(また)ファンドレージングの季節

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 去年も同じ時期にこんなことを書いていたが、また巡ってきました、ファンドレージングの季節。

 今週末は、娘のバレエスクールのファンドレージング用ベークセール。
 去年はヘアゴムを作成して、ほぼ完売した。今年はゴムよりもバレエスクールの子に人気がある、ヘアクリップを作成。基本シンプルなデザインが好きな自分の趣味ではないが、子供は概して趣味が悪く(笑)、ゴチャゴチャしたデザインを好む傾向がある。(これまでのベークセールでの売れ行きを観察していると、そう。)だからリボンと花両方をくっつけて、少女趣味にしてみた。しかし、売れ残ると困るな。







 
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by oktak | 2014-03-06 01:44 | 日常

日本はトラベル上級者向けの国?

 大学院時代の親友(米人)が、4月に新著の宣伝がてら日本を訪れるというので、旅の準備を手伝っている。東京と京都で講演の予定があるが、それ以外に長崎にも足を伸ばしてみたいと言う。日本には特別親しい知人はおらず、基本的に一人で行動する予定とのこと。

 私が手伝っているのは、主に宿泊先を探すこと。彼の希望は、紋切り型のビジネスホテルではなく、地元のフレーバー濃厚な旅館に泊ること、部屋の形態は問わないが、禁煙室であること、予算は1泊$150くらいまで、の3点。

 結論から言うと、1-2時間あれば済むだろうと思っていたプロセスが、実に何時間もかかり、その困難さに呆然とするという事態に至った。

 まず、ホテルのホームページが日本語表記のみで、日本語を話さない人にはまったく役に立たないケースが相当数あった。英語ページがあっても、日本語ページと同じ内容ではなく、予約できない仕組みになっているケースや、英語がまったく意味不明のケースも。一応「バイリンガル」という形式を取っているが、外国人客は想定していないということだろうか。(おもしろい英訳の例:"Although not all the members can speak English, it was educated firmly and the posture in which are FRIENDLY and it strives for a visitor's request as much as possible has obtained the voice of gratitude also on a foreign visitor as well as Japanese people." - 京都某旅館)

 Hotels.comやExpediaなど、英語のトラベルサイトで予約すれば簡単だろうと思われるかもしれないが、これらのサイトで検索すると、まず出てくるホテルが限られている。また、良さそうなホテルは、満室と表示されるところが多いが、なぜかJTBや楽天で同じホテルをチェックすると、空室ありと出る。さらに、宿泊料金やサービス内容(朝食の有無など)が日本語サイトとかなり違うところもある。

 そこで日本語のサイトで、私が代理で予約を入れようとすると、決まって日本国内の住所を要求される。
 氏名も、「全角漢字」と「カナ」を入力しなければならないようになっている。
 仮にここに私の実家の住所と、私の名前を入力したとしても、友人のクレジットカード番号を入力すればエラーが出る。私自身のカード番号を入力しても同じ。(カードの住所と、日本国内の住所が一致しないため)

 日本語サイトを通しての予約を諦め、彼が自分でオンラインで東京と長崎のホテルに予約を入れたところ、今度は別の問題が。禁煙室指定で予約を入れたのに、ホテルからの予約確認メールには、"Smoking/Non-smoking requests are subject to availability at the time of arrival"(当日の空室状況によって、喫煙室・禁煙室のご希望に沿えない場合がございます)という注意書きがある。(名指しすると、品川プリンスと、ホテルモントレ長崎。)友人は、喫煙室に泊まると具合が悪くなるほどの嫌煙家。当日の状況によって、愛煙家が禁煙室に、嫌煙家が喫煙室に泊まらざるを得なくなる可能性があるというのは、はっきり言って、サービスのスタンダード低すぎ。結局、品プリはキャンセルし、別のホテルを予約。長崎のはそのままになっているが、もしも気力が沸いたら他を探してあげるつもり。

 京都では、是非情緒ある旅館に泊まってほしいと思ったが、この願いも叶わなかった。英語で予約できるところは観光シーズンのため満室、日本語でしか予約できないところは、上記の壁に当たるからだ。結局hotels.comでビジネスホテルを予約したそうだが、何事も確認しないと気が済まない彼は、ホテルに電話をかけたそうだ。電話を取った男性は英語が話せなかった模様で、友人が日本語で、「エイゴハナセルヒトハイマセンカ」と聞いても無言、極めて簡単な英語で話しかけても無言、途中で切られてしまったとか。苦笑 (結局私が電話で確認。「そちらに英語を話すスタッフはおられますか?」と聞いたら、「バイリンガルとは言えませんが、簡単な会話は対応させていただきます」とのことだったが、疑わしい・・)

 宿泊施設の予約はこんな状況だったが、羽田からホテルまでの送迎や、ガイド探しも、壁にぶち当たりまくり。友人は盲目なので、空港のゲートを出たところまで、ハイヤーのドライバーに迎えに来てもらい、ホテルに連れていってほしいと言う。が、日本交通のサイトを見ても、英語のページの情報量は、日本語ページの20分の1くらいで、オンライン予約もできない。長崎や京都で、ボランティアガイドの世話になりたいというので、それも調べたが、笑ってしまったのは、長崎県の通訳案内士一覧が、100%日本語である点。これ、通訳案内士を必要としている外国人にはまったく役に立たないと思うのだが、どうやって利用しろと?

 友人は、世界中を旅している。ヨーロッパ諸国はもちろん、アジアでは、シンガポールや中国(確か上海)も訪れているが、日本の状況に驚いている様子。どんな国で泊まったホテルでも、英語が通じなかったことは一度もないが、この京都のホテルが例外なのか、日本のホテルの多くで英語が通じないのか、一体どういう状況なのかと聞かれた。一流ホテルを除いて、英語が必ず通じるとは思わない方がよい、と言っておいた。

 今回友人を手伝ってみて、改めて日本という国がいかに海外からの個人旅行者にとってハードルの高い国かを認識した。旅行社のツアーに参加する場合や、日本国内に接待してくれる人がいる場合は問題ないだろうが、これほど英語が大きなバリアになっている先進国は他にないのでは?と思う。

 海外からの旅行者を増やしたければ、もっと外国人に分かりやすいサイトづくりを目指すべき。
 また、ホテルは、予約確認できる程度の英語力を備えたスタッフを養成すべき。
 
 最後に、もしも東京・京都・長崎で、英語で簡単なガイドができそうな方をご存知の方がいらっしゃれば、ご一報ください。(京都滞在は、4/6-10、長崎は4/10-13、東京は4/3-6 及び4/13-17)学生さんであれば、友人が英語の論文を読んで、修正や批評をしてお礼したいと言っていますが、日本国内で、英語の論文を書いている学生さんがどれだけいるのかも・・疑問。

 ちなみに友人はアメリカ海軍大学院で安全保障・外交政策を教えており、新著が出版されたばかり。

追記:
三都市すべてで、ボランティアのガイドさんが見つかりました!
ご協力を申し出てくださった皆様、心からありがとうございました!



 
 

 
 
 

 
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by oktak | 2014-02-26 00:42 | 日常

子供はみんなで育てるもの

 今週は子供関連のトラブルが続く週のようで、今度は娘にまつわる問題。

 金曜日、バレエのレッスン後に娘を迎えに行ったら、悲壮な形相で「今日はひどいことがあった」と言う。レッスンが終わって、更衣室で着替えていたときのこと。ベンチに座っていた親子の後ろにかけてあった自分のコートを取ろうとした際、コートが落ちてきて、危うくその親子に当たりそうになったらしい。(実際には当たらなかった。)

 するとそのお母さんが、娘に対してではなく、自分の子供に対して、「なんて失礼な子でしょう!『失礼します』とも言わないで、マナーがない。どんな躾をされているのかしら?危ないことをしているという認識もないのかしら?次にこんなことをしたら、黙ってはいない云々」と、大きな声で話し始めたらしい。娘が着替え終わって更衣室を出るまで、ずっと親子で聞こえよがしに娘の話をしていたらしく、出てきた娘は涙がこぼれんばかり。

 娘は極度の恥ずかしがりやで、確かに言葉が足りないことがある。
 毎朝会うドアマンにも、小声で"good morning"と言うのがやっとだし、見知らぬ人に"excuse me"と声をかけるのは、相当な勇気が必要だ。挨拶ができなくては困るので、その都度挨拶や声かけを促している。多分今回も、"excuse me"の一言が言えていたら、こんなに嫌な思いをせずに済んだだろう。

 しかし、だ。 
 そのお母さんの態度はあんまりではないか?
 娘が失礼なことをしたのなら、直接そっと注意することはできなかったのだろうか?
 
 自分の子供には寛容で、よその子供には厳しい大人は、実は結構いるのではないかと思う。しかし、子供は社会全体の財産で、「みんなで育てる」という意識がないのは、非常に残念だ。
 子供は未熟で当然だ。でもだからこそ、親だけでなく、周りの大人が暖かい目で見守り、必要なときには叱ってやれば、いくらでも成長することができる。

 心無い言葉で子供を傷つけ(しかも親が不在のときに)、自分の子供に反面教師を見せたつもりであっても、どちらの子供も資することにはならないと思う。結局娘は萎縮し、翌日バレエのレッスンに行くのがとても苦痛だったし、その人の娘も、聞こえよがしに人の悪口を言うことを覚えてしまったかもしれない。

 大人たちに、「みんなで子供を育てる」という意識があったら、もっとよい世の中になるのに、と思う。
 少なくとも、子供のいる人は、自分の子供に対して接してほしいように、自分もよその子に接するべきだと思う。今回の事件、一番の反面教師は、そのお母さんだったと思っている。
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by oktak | 2013-12-09 12:35 | 日常

いくつになっても

14才になった息子には友達が大勢いるが、中でも親しい一人はプロレスが大好き。
何度も泊まりに行き来している間柄だが、どうも息子は彼に合わせて、プロレスが大好きな振りをしているらしい。それも何年も。

息子ははっきり言って、プロレスにはまったく興味がない。
自宅ではプロレスのプの字すら聞いたことがないのに、友達の家では一緒にプロレスを見たり、プロレス関連ゲームで遊んだり、プロレス評論ビデオまで撮って、YouTubeにアップロードしているというのだ。
「Mの家に行っても、プロレスばっかりでつまらない」とつぶやいていたことがあるので、「なぜ興味がないって言わないの?」と聞いたが、「いまさら言えない」の一点張り。

数日前、その子のお母さんがプロレスの試合に息子を誘ってくれた。クリスマスの翌日なので、プロレス界ではメジャーなイベントなのではと想像している。
息子は「行く」と言うのだが、どうしてもしっくりこなくて、息子の了承を得た上で、そのお母さんにメールを書いた。
お誘いは大変ありがたいけれど、もっと熱心なファンがお友達にいるのでは?息子は熱烈なファンを装っているかもしれないが、たいして興味がなく、もったいないので、他に行きたい子がいたらそちらを優先してください、と。

そうしたら、そのお母さんはショックを受けた模様で、「今までの様子から、彼がプロレスファンでないとはとても思えなかった。息子がせっかく楽しみにしている晩が台無しになるといけないので、他の予定があるから行けないということにしてもらいたい。」というお返事。

予想外の返事だったので、考え込んでしまった。
息子が今までファンを装っていたことは、そんなにお友達を傷つけることだったのか?
黙って放っておくべきだったのか?

息子が友達に迎合して、好きでもないものを好きな振りをし続けることが嫌だった。
お友達は、無理して息子の趣味に合わせようとはしない。そのため、うちに来ても、息子が好きなサッカーやバスケットボールは決して見ないし、外で遊ぼうともしない。それでいいと思う。

人を喜ばせたいがために、何でも相手に合わせる傾向はよろしくないと思うので、見かねて口を出してしまったが、それはいけないことだったのだろうか・・

子育てはいくつになっても難しい。
皆さんだったらどうしましたか?
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by oktak | 2013-12-05 05:36 | 日常

Metamorphosis

 年をとってきて、実感することのひとつ。
 無意識に、母にそっくりになってきている。

 仕事をしながら、鼻歌が出る。はっと気づくのは、それが子供の頃、嫌というほど聞かされた、母の「シャンソンもどき」だということ。

 岸洋子さんの大ファンだった母は、家事をしながら、岸さんのレパートリーを片っ端から歌っていた。フランス語の間違いも、そのまま記憶に刷り込まれていて、どうしても正しく歌えない。笑

 その他、ふと気づくと、仕草や物の言い方が、母とまるで同じになっているのだ。
 ときどきやらかす失敗まで同じ。(お味噌汁に入れる豆腐を、縦にだけ切って、横に切るのを忘れたり・・おかげで材木のような豆腐がゴロゴロ)
 
 血は争えないというが、長く離れて暮らしていて、最近はほとんど電話もしないというのに(こちらがかけても、相手が忙しくてつながらない)、子供の頃の刷り込みとDNAは、どうすることもできないと悟る日々。




 
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by oktak | 2013-10-24 22:43 | 日常