カテゴリ:日常( 136 )

Potter County, Pennsylvania

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Pine Creek, PA

独立記念日の連休、NY周辺で星空がもっとも美しいと名高い、ペンシルバニア州の田舎に出かけてきた。二晩連続で山の中の観賞スポットに行ったものの、残念ながら両日とも曇り空で、あまりよく見られなかった。天体好きの夫はがっかりしていたが、星が見えなくても、十分に楽しい旅行だった。

星を見るという目的でもなければ、訪れることもなかったPotter Countyは、どこまでも緑の森となだらかな丘が続く、美しい地域だった。小さな村と村の間に、点々と木造の家が散らばる、おとぎ話のような風景。そして、出会う人出会う人が、とにかく親切で感じが良い。(もっとも、NYを一歩出ると、どこに行っても人々が親切だと感じるが・・)

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Pennsylvania Lumber Museum

歴史的には、林業が盛んな地域で、100年以上前の製材所が保存されていて、今でも機能している。たまたま独立記念日には、Pennsylvania Lumber Museumでお祭りがあり、地元産のメープルシュガーで作った綿あめを食べたり、木こりのデモンストレーションを見たり、昔木材を運搬した蒸気機関車に乗り込んだりして堪能した。

もう少し時間があれば、「ペンシルバニアのグランドキャニオン」と呼ばれるPine Creekをカヤックで下ったり、マウンテンバイクで州立公園内を回ったりしたかった。

いつもは遠くに出かけた帰り、マンハッタンのスカイラインが見えると「家に帰ってきた」とほっとするのだが、今回はあまりにも田舎の風景が美しく、心から楽しかったので、ゴミゴミした街中に戻って、夢から覚めたような感覚。

きっとあんな場所で生まれ育った人は、マンハッタンに来ると、「本当の空がない」と感じることだろう。それにしても、NYに住んではや17年。まだまだ知らない場所がたくさんあるので、これからはもっとニューヨーク市の外を探検しようと思った。

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NYからのドライブ途中に立ち寄った小さな町、Danville

ちなみに、星空が有名なのは、Cherry Springs State Parkという州立公園。機会があったら、出かけてみてください。
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by oktak | 2015-07-07 05:19 | 日常 | Comments(0)

小学校の卒業式

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今日は娘の小学校の卒業式だった。
98人の5年生が巣立っていく。
今晩は学校のカフェテリアで、子供だけのダンスパーティー。
テーマは「ビーチクラブ」。式ではドレスだったが、パーティーにはTシャツにショートパンツ、ビーチサンダル&サングラスで出かける予定。

(上は式典、ランチョン、パーティーの招待状)
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by oktak | 2015-06-23 03:34 | 日常 | Comments(3)

恐怖の夏休み

毎年似たようなことを書いているが、アメリカの学校の夏休みはとにかく長い。
どんなに長いかというと、3ヶ月近くあるのだ。

高校生の息子は、6月15日が授業最終日で、その週はいくつか期末試験があるだけで、ほとんど登校せずに終わる。
小学生の娘は、22日が卒業式。その後一応26日まで授業があることになっているが、実質的には19日で終了、後は映画鑑賞会をしたり、パーティーをしたりだけなので、23日から旅行やサマーキャンプに行く予定を入れているお友達も多い。

そして、新学年が始まるのは、9月9日。
この間、どうやって過ごすかが、毎年頭の痛い問題だ。

アメリカ人の友人らは、大抵6-8週間、子供を泊まりがけのキャンプに行かせ、夏の間は大人だけで過ごすという。自分たちもそうやって育ってきたので、当然のことらしい。
息子も娘も、仲の良い友達に誘われたので調べてみたが、一週間のコストは安くても$1,000、高いところは$2,000以上する。しかも食費、交通費、洗濯代などは別だったりして、いろいろなオプションをつけると、相当な値段。

経済的にも負担だが、そもそも娘などは人見知りで泊まり込みのキャンプなど論外なので、そうなると日帰りキャンプを探すしかない。
価格がリーズナブルで、かつお遊びだけでない、面白い内容のキャンプを探すことが、毎年の課題。
しかも、毎年同じキャンプでは飽きる。このキャンプ探しが至難の業なのだ。

息子はようやく高校生になったので、今年は学校が主催するサマースクールに8月上旬まで参加し、保健、美術、音楽など、ノンコア教科の単位を夏の間に取ってしまうことにした。来年は16歳になっているので、(最近グリーンカードも取れたことだし)ぜひ働いて欲しいと思う。

娘は、近所のアートスクールに1週間、グッゲンハイム美術館のアートキャンプに2週間、そしてアメリカ自然史博物館のキャンプに1週間申し込んだ。

この他、8月中旬から3週間日本に帰国する予定。
それでも娘はまだ3週間以上、予定が空いている・・
その間は、日本語の勉強と読書に力を入れ、普段はなかなか行けない美術館やショッピングに二人で行くことにしようと思う。

日本では、夏休み中、学校がプールを開放したり、部活があったりと、無料の居場所があるのが羨ましい。そもそも夏休みが短いのが、とてつもなく羨ましい。

アメリカは、お金さえ出せば楽しいプログラムがいくらでもあるが、出せない人にとっては、本当に不便にできている。ただでさえ貧富の差が激しいのに、長い夏休みは、格差をさらに拡大させている。低所得層ほど、summer slide(夏に子供の学力が低下する現象)が激しいことは周知の事実。夏が巡ってくる度に、子供のキャンプを探しつつ、こうした機会を与えられない人々のことを思い、釈然としない気分。
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by oktak | 2015-06-05 02:06 | 日常 | Comments(4)

Ask what you can do for others

International Women's Club Japan (IWCJ)代表理事の竹村真紀子さんとは、Global Moms Network (GMN)を介して何度かお目にかかっているが、彼女は心から尊敬する、大好きな女性の一人。その真紀子さんが、Facebookにこんなことを書かれていた。(以下抜粋)

『私は財団で「世界のどこにいても自分の力を発揮して、力強く生きる子どもを育てたい」という理念を掲げていますが、その中でも強い想いを持っているのが「その場、その場で自分が何をすべきか、何ができるか、どう貢献するべきかを考えて実行する力を持つ」ことです。
高校留学のコーディネーターをしていた頃、数えきれないほど多くの親子を面接しました。
保護者面接で「どのようなお子さんになってほしいと思いますか?」と聞くとおよそ80%の人が「人に迷惑をかけない人になってほしい」と答えました。
正直その言葉にとても違和感を感じました。
私は息子に「人を助け、人の役にたつ子になってほしい」と思い、名前をつけました。今、その息子が中学生になり、公教育を受けています。日本の教育をみていて絶対的に足りないと思う事が「その場に「貢献」する意識を育むこと」です。
「貢献」というとお金などおおげさなことをイメージしがちですが、「その場の雰囲気をよくするために明るくいる」「話す人が話易いようにしっかりと聞く」「みんなが疑問に思っていることをまとめる」「みんなが楽しめるように環境を整える」そんなことでも「貢献している」と言えます。
家族の中では家族としての貢献、クラスの中ではクラス、友人達の中で、その時々の場所で自分がどう貢献するか。それはいきなり身に付く事ではなく、日々の小さなことの積み重ねです。
<中略>
日本の教育の中では子どもたちの力を過小評価しすぎだと感じます。
<中略>
もっと子どもの力を信じて任せ、頼るべきだと思います。その経験値が子どもの可能性を拡げます。
子どもが「やる気」になっている時に機会を奪っておいて、大人になってからいきなり「貢献せよ」と言われてもできる訳がありません。
「貢献する」意識を当たり前に日々生活していると、自分が何に関して「貢献」できるのか、自分の「強み」は何かを自然と認識するようになります。そして大きくなってミーティングやイベント企画等少し複雑な内容になった時にも「自分は今、何をするべきか。何があれば実行できるか」という意識から入り、実現していくことができます。
これはグローバル、ローカル関係ありません。人として生きて行く以上大切なことだと思います。その意識を育む環境を作り続ける事。それが財団のミッションと思っています。』
(全文はGMNのページで読める。)

これ、私も常々考えていたことなので、真紀子さんが同じことを思い、言葉にしてくださって嬉しい。
日本では、人(特に知らない人、世間一般)に貢献するという意識が乏しく、それをとても残念だと思ってきた。そして真紀子さんの文章を読んで、なるほど、それは「人に迷惑をかけない」ことに重点を置いているからなのか、と腑に落ちた。

私は「人に迷惑をかけない人間を育てたい」と思ったことはない。なぜって、そんなこと不可能だから。人間は存在しているだけで、必然的に迷惑なのだ。赤ん坊は泣くし、子供は手がかかるし、大人だって、ただ生きているだけで、資源を消費し、環境を汚し、失敗を繰り返して、死ぬまでひたすら周りに迷惑をかけ続けるのだ。それが人間なので、「人に迷惑をかけない」なんてことを子育ての目標にしたら、まったくもって不毛。いかに人に迷惑をかけずに生きるかに神経をすり減らすのではなく、いかに人の役に立てるかを考えた方がはるかに建設的だ。人に迷惑をかけられることは、喜びであるべきなのだ。

日本の子供たちは、小さいうちからいろんな仕事をさせられる。
たとえば、小学校では、子供達が交代で給食当番をしたり、教室やトイレ、玄関などの清掃をするのは当たり前のことだ。一方、英米では、こうした任務を子供に与えている学校は見た事がなく、もっと日本の学校を見習うべきと思ってきた。しかし、清掃や給食当番は、自主的な「貢献」とは違い、あくまでも「自分のことは自分でする」、「与えられた任務をきちんと全うする」、「人に迷惑をかけない」ための訓練なのだ。それはそれで大切なことだが、日本の教育に完全に欠けているのは、他者に貢献することだ。

アメリカの学校は、日本の小学校に比べると本当にダメな点も多いが、一つ感心するのは、まさにボランティアリズムを小さいうちから育成する点である。
小学校低学年から、チャリティ活動に参加するのは当たり前だ。6、7歳の子供に何ができるかと思われるかもしれないが、よくあるのは、たとえば数キロの「チャリティ・ウォーク(ラン)」。子供は、レースに出場する前に、周りの大人に「完走したら、Xドル寄付する」という誓約をしてもらう。親はもちろん、親戚、ご近所、その他の知り合いに広く声をかけて、できるだけたくさん誓約を集め、レース完走後に、それを目的のチャリティに寄付するという仕組み。これ以外に、ベークセールや、不用品の回収・リサイクル、病気の子供達への髪の毛の寄付、オークションなど、さまざまな貢献方法がある。

中学、高校になればもっと社会貢献の幅は広がり、コミュニティ・サービスは、子供達にとって完全に当たり前のことになってくる。働く場も、地域の老人ホームや保育園、動物愛護団体や環境保護団体、ホームレスシェルター、フードバンク(低所得者に食糧を提供する施設)、公園、病院など、実に多様だ。たとえば、高校一年生の息子は、この夏、低所得層の子供達に算数を教えるボランティアに申し込んでいる。州や市によって規定が異なるが、高校では何十時間かのコミュニティ・サービスをすることが、卒業の条件になっていることが多い。さらに、大学に願書を出す際、一切社会奉仕活動を行っていなければ、マイナス要因になることはほぼ確実だ。勉強ができる子はたくさんいるが、勉強以外に何をやってきたのか、どんなことに貢献してきたのかが、大学進学の際に重要なポイントになるということだ。

真紀子さんが言うように、子供のうちから、人のために働くことが当たり前でないと、大人になってから、自然に動けるはずがない。
日米両方の親たちの様子を見れば、それは一目瞭然である。
たとえば、子供のクラスで役員を決めるとき、誰も立候補せず、全員目を伏せて沈黙という光景、日本ではかなり一般的だと聞く。最終的にはくじ引きやジャンケンで役員を決めて、当たった人は仕方なく引き受ける。嫌々引き受けた後は、最低限の仕事をするだけで、必要以上の努力はしない。学校の仕事は、まるで罰ゲームのような感覚だろうか。
対して、私は二人の子供をNYで育ててきた中で、一度もクラス役員になれたことがない。
家で仕事をしているため、オフィス勤務の方々よりも時間に融通がきく分、たまには貢献しないと悪いと思って、何度か「クラス・ペアレント」(役員)に手を挙げたことがあるが、だいたいその前にすでに立候補者が何人もいて、私は毎度あぶれる。役員になるのは、大抵フルタイムで仕事をされているお母さん方だ。

役員以外にも、イベントの準備・片付けやら、資金集めやら、先生方への謝恩ランチョンやら、親のボランティアの募集がある度、大勢の方が自発的に時間と労力を提供する。それは、コミュニティの一員として、当たり前のことという認識なのだ。このメンタリティは、小さいうちから培われたものに違いなく、日本でも、もっと当然のこととして、人に奉仕するという教育をすべきだと、強く思ってきた。

日本人は、与えられた任務を完璧に、効率良くやり遂げることに関しては、他の追随を許さない。(毎年娘の学校で開催される、「インターナショナル・ナイト」というイベントの、日本テーブルを見ても明らか。)知らない人のために働くことが、「人に迷惑をかけられること」ではなく、コミュニティの一員として当然のことであり、かつ自分の喜びであるという意識を持ったら、日本はもっと良い国になると思う。

Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country. - JFK
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by oktak | 2015-05-29 00:55 | 日常 | Comments(8)

春爛漫

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長くて厳しい冬がようやく終わり、マンハッタンの路上にも、チューリップ、ヒヤシンス、パンジーに水仙と、色とりどりの花が咲き乱れている。

我が家でも、最近嬉しいことが二つあり、一挙に春が来た感じ。
一つは、これまでの人生のほとんどをNYで過ごしてきた15歳の息子が、米国の永住権を取得したこと。国籍は日本のままだが、おそらくこのままアメリカで教育を受け続けるであろう息子が、グリーンカードを取得することは重要なことだった。

もう一つは、娘が第一希望の中学に合格したこと。(昨日発表だった。)家から遠いのがやや心配だが、本人が是非行きたいと思った学校に入れたのは、やはり嬉しい。
6月には小学校卒業。まだ10歳、純真で、今でも空想の世界に住んでいるようなところがある娘だが、確実に成長しているのだな。小学校卒業の節目は、喜びと、誇らしさと、少しばかりの寂しさが入り混じった複雑な心境で迎えそうだ。
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by oktak | 2015-04-29 23:44 | 日常 | Comments(3)

"Pioneer Day"

Facebookで、イリノイ州に住むアメリカ人の知人が、こんなことを問いかけていた。
「多くの小学校が、Pioneer Day(開拓者の日)やColonial Day(植民地時代の日)という日を設け、子供達に開拓者時代の服装をさせて、当時の食べ物を食べるなど、その時代の暮らしについて学ぶ機会を与えていると思います。娘の学校では、この日に、女子は『開拓者の少女の服装』を、男子は『開拓者の少年の服装』をするよう、指示がありましたが、どう思いますか?」

「性別に応じて、特定の服装をしなければならない」と学校側が指示したことに対し、ジェンダーの観点から問題意識を持ったわけである。これに対して多数の意見が寄せられていたが、「歴史の授業である限り、時代を正確に再現することに意味があるので、問題ない」という人もいれば、「ジェンダーを基準に、決まった服装を強要するのは問題」という人もいた。

投稿した知人の娘さんは、普段からスカートを履くのが嫌いで、ドレスにボンネットという服装を強要されることを、涙を流して嫌がっているのだとか。

私が驚いたのは、「開拓者の日」について、知人がもっとも問題だと思ったのが、ジェンダーによる特定の服装の強要であったこと。
「開拓者の日」を設け、その時代の生活を再現し、記念すること自体に違和感はないのだろうか?
開拓者が先住民の土地を侵略し、彼らを不毛の地に追いやった歴史は都合よく軽視し、この時代へのロマンチシズムに浸る傾向の方が、私ははるかに気になる。
知人が住んでいる地域の人口構成は知らないが、マイノリティが皆無だとは想像できない。スカートを履くのを嫌がる少女の気持ちを汲むことも大切だが、先住民の血を引く子に開拓者の格好をさせることには問題はないのか。また、子供の人種や国籍に関係なく、開拓者時代の服装を再現することの意味は?この時代を肯定的に捉えていなければ(ノスタルジアさえあるかもしれない)、衣装を着てこさせるようなことはないのでは?

そんなことを思っていたら、コメント欄に、自分と同じような考えを持っている人を発見。
「開拓者がこの国でどんなことをしたか、覚えている人はいないのか?先住民を虐殺した開拓者の服装を、学校が子供に強要すること自体に困惑する。学区内に非白人の子供達がいるとしたら、ジェンダー以外の観点からもこの問題を議論せざるを得ないはずだが、実際にそのような議論が起こることはないだろう。こうしたイベントを無害で取るに足らないものだと思えるのは、特権階級から見た場合のみなのだ。」

そう。歴史の一幕の再現を無害と思えるとしたら、それはその一幕で傷つかなかった立場にあるから。
綿花プランテーションの様子を再現しようとする学校がないのは、人を虐待・搾取・虐殺した側に、激しい罪悪感と羞恥心があるから。コロンブス・デーが祝われ、学校で「開拓者の日」があるのは、先住民を抹殺したことに対する、歴史的認識が甘いから。

ちなみに、ありとあらゆる人間が住んでいるここニューヨーク市の公立校では、「開拓者の日」のようなイベントはない。
それどころか、子供達は一度も学校で国家斉唱、(国旗に対する)忠誠の誓いをしたことがない。
もし娘が小学校で、「パイオニア・ガール」の格好をしてこいと言われたら、私はやっぱり違和感を覚える。娘が着たいと言えば阻止はしないが、学校で教える歴史が、白人開拓者の視点から見た"his story"であることは、指摘せざるをえない。
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by oktak | 2015-04-28 23:16 | 日常 | Comments(2)

両親の訪問と、新しい仕事

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↑Lincoln Center 4/14

4月2日から昨日(22日)まで、両親が日本から来ていた。
私たち夫婦がNYに引っ越してから16年、この間、両親は10回以上訪問しているが、絵と音楽と食べることが大好きな彼らは、幸いNYに飽きることはないようだ。
とはいえ、行きは12時間、帰りは14時間のフライトである。父はもう70代後半、よく来てくれたものだ。

いつもは父が体調を崩すのに、今回は珍しく母が風邪をひき、一週間狭いアパートにこもりきりだった。通常、メトロカードを渡しておけば、毎日のように二人で出かけて勝手に遊んでくれる、誠に手のかからない両親だが、今回は思うように出歩くことができず、気の毒だった。

それでも、彼らの結婚50周年のささやかなお祝いもできたし、父は大好きなオペラに二度行けたし(一度は具合の悪い母に代わり、私が棚ボタでお供)、寒い中ボストン旅行もできたし、そして何よりも、こんなにゆっくり二人と一緒に過ごせたことに感謝。

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↑春の花が植えられたRockefeller Center

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両親が帰国して、寂しがっている間もなく、新しい仕事が始まる。
以前からこんなことを思っていたが、今年こそは動き出そうと決めていた。

とりあえず情報収集したいと思い、長年ニューヨークのカトリック系非営利組織で弁護士を務めている学生時代の先輩に連絡をとったところ、早速勉強会に招待してもらい、そこでNY Asian Women's Center (NYAWC)のカウンセラーの方と出会った。NYAWCは、主にDVその他の虐待や人身売買の被害者救済を目指す機関で、法的サービスの提供、シェルターの運営、虐待の影響を受けた子供達のセラピーやカウンセリング、職業訓練などを実施している。聞けば、NY近郊に住む日本人女性からの相談が、昨年だけで100件以上あり、その多くが弁護士との面談や法廷で思うように英語でコミュニケーションが取れず、困っておられるとのこと。通訳ならば、経験が数十年ある(自分の年にびっくり・笑)。すぐにボランティア登録することにし、先週はオリエンテーションも受けた。

不定期に弁護士との面談の通訳をおこなう他、定期的に、ホットラインのボランティアもすることにした。ホットラインは、DVその他の虐待について相談できる24時間サービスで、時間帯にもよるが、北京語、広東語、韓国語、日本語、ヒンディー語、ウルドゥー語、ベンガル語など、多数の言語で対応できるスタッフがいる。実際にホットラインで電話を受ける前に、何日も研修を受けなければならないらしい。

明日は、弁護士とのミーティングで初めて通訳を務める。
どれだけお役に立てるか分からないが、少しでも困っている方の力になれたら嬉しい。
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by oktak | 2015-04-24 01:46 | 日常 | Comments(10)

Flower tower by W

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最近折り紙をさぼり気味の息子の最新作。
Chris Palmer考案の"flower tower"。
Palmer氏は、YouTubeで作り方を紹介している。

ひねって持ち上げると、こんなタワーになる。

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by oktak | 2015-01-28 06:26 | 日常 | Comments(0)

娘の最近の趣味

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数ヶ月前に、娘にポンポンの作り方を教えたら、以来、このような仲間たちを夢中になって作っている。

現在、娘の自由時間は、(1) 読書、(2) ポンポン作り、(3) スポンジ・ボブ観賞で完全に埋まっている。
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by oktak | 2015-01-13 22:32 | 日常 | Comments(2)

娘へのプレゼント

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娘は、oktakを始めた頃から、私の仕事をサポートしてくれている。
彼女の絵にデザインのインスピレーションを得たことは多々あるし、作品を正直に批評したり、新商品のアイディアを積極的に考えてくれたり、落ち込んだときには決まって励ましてくれる。小さい頃は、子供向け商品のモデルに使ったこともあるし、今では、お客様へのお礼状用のミニカードの製作を手伝ってくれたり、裏地を切ってくれたりもする、ありがたい存在。

これまでに一万点以上の作品を作ってきたが、こんなにサポートしてもらっている娘に、彼専用のものを作ってあげたことは、数えるほどしかない。ごめんよ、娘。

特に、大きめのバッグは、4、5才の頃に作ってあげたものをずっと使っていたが、さすがに小さくなったので、新しいものが欲しいと何ヶ月も前から言われていた。
ようやく今日、彼女が好きな、紫色のきつね柄フランネルで作った。おそろいのスカーフも。(バッグの裏地はツイル、スカーフは両側フランネルで、柔らかい。)

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きれいに包んでリボンをかけ、ベッドの上に置いておいた。
学校から帰ってきて、歓声が上がるのが楽しみだ。
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by oktak | 2014-10-25 04:49 | 日常 | Comments(4)