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 ブログを始めて、この3月で丸7年になるから、一度書いたことを二度、三度繰り返していることもあると思う。これから書くことも、以前書いたような気がするが、最近数人の女性から同じような言葉を聞いたので、また書きたい。

 「まだ幼い子供を抱えていて、やりたい仕事ができない。」「子供の預け先が確保できるかわからないので、仕事が探せない。」「住んでいる場所が不便なので、理想の仕事がない。」「お金がないので、夢が追えない。」

 「~ない」、「~ない」と、不利な状況を挙げだしたら、きりがない。
 仕事をするための状況が完璧に整っている人間が、この広い世の中にどれだけいるだろう。
 
 状況は、ほぼ常に不利なのだ。
 やりたいことができない理由は、その辺にゴロゴロあって、いくらでも自分が「できない」ことを正当化できる。

 私も、10年前は同じだった。
 子供は幼く、手がかかる。夫は出張で不在のことが多い。近くに頼れる家族・親戚は皆無。
 アメリカでは私は「外国人」で、就労許可さえない。仕事は、日本の出版社にもらう翻訳の仕事しかなく、それ以上のことはできないと思っていた。あれもできない、これもできない。

 でも、あるときようやく気づいたのだ。
 何かができないとしたら、それは100%自分のせいだと。(少なくとも、そう思わねばならないと。)

 障壁は、ひとつひとつ乗り越える。
 足りないものは、補う。行き止まりに出くわしたら、迂回する。
 長期的に目標を達成するために、ときには赤字になっても短期的コストを支払う。
 ただちに理想の仕事ができなくとも、常に触手を伸ばして、目の前にある仕事を次の仕事につなげる努力をする。人とのネットワークを地道に構築する。人に雇われることだけを考えず、自分で事業を起こすことも検討する。引いてだめなら押してみる。
 
 「できない」こと以上に、「できる」ことはあるのだ。
 もし「できない」理由を挙げ連ねる習慣があるとしたら、まず、本当に自分はそれがやりたいのか、じっくり考えてみるといい。本当はできるのに、コストを支払ってまでやりたくないだけなのではないか?その仕事以上に大切なことがあるのではないか?
 
 もし本当にやりたいことがあるなら、状況や他人のせいにするのをやめ、与えられた条件の中で何ができるかを検討してみるといい。本当にすべての手段を尽くし、あらゆる可能性を探ったのか?他にやるべきことはまったくないのか?ある程度のコストを支払っても、投資する価値のある機会はないのか?

 どれほど困難な状況にあっても、できることが何もないことはありえないと思う。
 目標に向かって一直線に邁進することはできないかもしれないが、ときに脇道に思いがけぬ宝を見つけることだってある。
 
 運命などというものは信じない。先の人生は常に白紙、どんな絵を描くかは、自分次第だ。










 
 
 

 
 
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by oktak | 2012-01-13 11:13 | 作品
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