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In the face of death

 ここのところ、私の周りでは悲しいニュースばかりだ。
 東日本の大地震が引き起こした一連の惨事はいうまでもないが、身の回りでも、胸の痛む知らせが続いている。

 まだ40代の夫の同僚が末期癌で突然入院し、あと数週間しか生きられない見込みだという。
 今朝は、家族ぐるみでお付き合いしてきた、父の元部下の男性が亡くなったという知らせ。

 死を目前にした人、あるいは愛する人の死を経験したばかりの人に対し、どう接したらよいか、悩むことが多い。
 それが家族や親友であれば、悩む余地もないだろうが、それよりも距離感がある人の場合はどうすべきかと。
 
 普段緊密に連絡を取り合う仲ではなかった場合、こういうときになって突然しゃしゃり出るのはいかがなものか。
 ご家族や、ごく親しいお友達に、かえっていらぬストレスをかけることになるのではないか。
 よく言われるように、「そっとしておく」方が、思いやりがあるのだろうか。

 でも、もし私や家族が、近い将来に死ぬと分かったら。あるいは、大切な人を失ったら。
 私は、これまでご縁があってお付き合いのあった方たちが、少しでも気にかけてくださっていることが分かったら、嬉しいと思う。実際には、弱りきった姿で、すべての方とお会いしたいとは思わないかもしれない。でも、たとえ断らざるをえなかったとしても、「会いにいきたい」と言っていただけたら、きっと暖かな気持ちになると思う。

 人が死に直面したとき、「遠慮」は残酷かもしれない。
 「そっとしておく」というのは、思慮深い行為のようでありながら、深い悲しみの中にある人に接する不安や無力感を、相手への思いやりにすり替えているだけなのかも。

 一番辛いときにこそ、「あなたのことを考えていますよ。支えが必要なときは、いつでもここにいますよ」と声をかけることが大事なのではないかと思う。

追記:
この度の大地震の後、普段あまり親しくお付き合いしていないにもかかわらず、家族の無事を気遣ってわざわざ連絡をくださった方には、心から感謝の気持ちを持った。逆に、楽しいときには誘ってくれるのに、こういうときに一切声をかけてくれなかった友人に、一抹の寂しさを覚えたことは否めない。

 

 
 
 
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by oktak | 2011-03-31 23:34 | 日常 | Comments(4)
Commented by quast at 2011-04-01 12:04
大震災のニュースで心が弱っているときに、身近な人のご不幸って受け取る側もかなりきますよね。

私は義理の父をなくしたときに、「なにか私にできることがあったら言って下さい」といろいろな人から言われて、実際にお願いすることはなにもなかったのですが、気持ちだけでも嬉しかったです。でもなくなりかたにもよるかもしれません。突然の事故で亡くなった場合と病気で亡くなった場合と気持ちのもちようが多少違うから、case by caseではないかな?
Commented by oktak at 2011-04-01 12:55
いつだったか、Etsyのフォーラムで、家族を亡くしたときに、人に"I'm sorry for your loss"と言われるのが嫌だと書いている人がいました。おっしゃる通り、人の受け取り方は実に様々です。
でも、声をかけて「うるさい」と思われた方が、声をかけずに、その方が悲しみと孤独の両方に苛まれるよりもよいかなと思っているところです。
Commented by y本 at 2011-04-02 19:53 x
18年間、年賀状のやりとりだけだった仙台の友達に思い切って電話しました。気仙沼で津波に車ごと吸い込まれたそうです。命辛々の脱出劇をしみじみと語る彼の話を聴いていて、本当にたいへんな思いをしたのだ。と痛感しました。しかし、思い切って電話をして話を聴くだけでもお互いに分かり合えたような気がします。
Commented by oktak at 2011-04-03 00:33
y本さん、お友達がご無事でよかったですね。
長らく連絡をとっていなかった友達でも、これをきっかけに強い絆がまた生まれることもありますよね。私は、長年連絡が途絶えていた友達と再会したり、また緊密に連絡を取り合うようになりました。予想もしていなかったことで、今回の大惨事の唯一の救いだと感じています。
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